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福岡地方裁判所小倉支部 平成3年(ワ)579号 判決

原告

塚本由純

ほか一名

被告

小松廣正

ほか五名

主文

一  被告松坂浩、被告金一顕及び被告金昇は、原告塚本由純に対し、連帯して金二八一九万〇八二二円及びこれに対する昭和六三年一〇月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告松坂浩、被告金一顕及び被告金昇は、原告塚本ヒロミに対し、連帯して金二五三〇万〇七二二円及びこれに対する昭和六三年一〇月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、原告らと被告松坂浩、被告金一顕及び被告金昇間ではこれを三分し、その二を原告らの、その余を同被告らの負担とし、原告らと被告小松廣正、被告大阪中央運輸株式会社及び被告関西運輸株式会社間ではすべて原告らの負担とする。

五  この判決第一、二項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告らの請求

一  被告松坂及び被告小松は、連帯して、原告塚本由純に対し九七三八万四〇六二円、原告塚本ヒロミに対し一億〇三四三万三五九六円及び右各金員に対する昭和六三年一〇月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告金一顕、被告金昇、被告大阪中央運輸及び被告関西運輸は、連帯して、原告塚本由純に対し九七〇一万六七三八円、原告塚本ヒロミに対し一億〇三〇六万六二七二円及び右各金員に対する昭和六三年一〇月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、大型貨物自動車に衝突して死亡した自動二輪車の運転者の相続人らが民法七〇九条及び自賠法三条に基づき損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等

1  本件事故の発生

昭和六三年一〇月二七日午後二時四五分ころ、大阪府茨木市大字佐保一二六四番地の一先路上において、被告松坂運転の自家用大型貨物自動車(最大積載量一〇トンのダンプカー。以下「松坂車」という。)が塚本由浩運転の自動二輪車(総排気量三九〇CCのオートバイ。以下「塚本車」という。)と衝突し、右由浩(以下「亡由浩」という。)が死亡する事故(以下「本件事故」という。)が発生した(甲一、二の1ないし3、6ないし9、11)。

2  駐車車両の存在

本件事故現場には、本件事故当時、被告小松の運転する普通貨物自動車(以下「小松車」という。)が駐車していた(争いなし)。

3  本件事故は、松坂車が自車進路前方に駐車中の小松車の側方を対向車線にはみ出して走行中に発生したものである(甲二の2、9)。

4  原告らは、亡由浩の相続人(父母)である(原告由純弁論の全趣旨)。

5  被告金一顕は松坂車の所有者、被告金昇は被告松坂の雇用主であり、いずれも松坂車の運行供用者である(争いなし)。

6  小松車の前記駐車は自賠法上の「運行」に当たるところ、被告大阪中央運輸は被告小松の雇用主、被告関西運輸は小松車を使用していた者であつて、いずれも小松車の運行供用者である(争いなし)。

7  損害の填補

原告らは、被告松坂、被告金一顕及び被告金昇から合計二五三九万三四四五円(自賠責保険金。うち治療費三六万六四〇五円を含む。)を受領した(争いなし)。

二  争点

原告らと被告松坂、被告金一顕及び被告金昇間で本件事故の態様と過失相殺が、原告らと被告小松、被告大阪中央運輸及び被告関西運輸間で被告小松の過失の有無、小松車の駐車と本件事故との相当因果関係の有無、自賠法三条但書の免責事由の存否が、さらに全当事者間で亡由浩の損害額が、それぞれ争点である。

第三争点に対する判断

一  本件事故の態様

甲二の2、5、8ないし12、15、17ないし19、22、甲三及び丙一の1・2によると、本件事故現場の道路(府県余野茨木線)は、別紙図面(以下、記号は同図面上の地点を指す。)のとおり、南から北に向け上り勾配一〇〇分の四・二のアスフアルト舗装された坂道(片側一車線の対面通行道路。規制速度四〇キロメートルで追越しのためのはみ出し禁止の規制あり。幅員は〈1〉点付近で約七・三メートル強、〈イ〉点付近で約八・二メートル。)であり、被告松坂の進行方向(〈1〉→〈2〉)からみて右にS字型の湾曲(一一四度の角度)をした道路であること、被告松坂は自車に残土一四トンを積んで吹田市から余野方面に向け〈1〉点付近を時速約四〇キロメートルで北に登坂進行中、進路前方の〈A〉点付近に前部を北に向け道路左側端に寄せて駐車中の小松車(最大積載量三トンのトラツク)を認め、その側方を通過するため、対向車両の有無を確認することなく、自車を〈2〉点付近からハンドルを右に切つてほぼ〈3〉→〈4〉→〈5〉と対向車線上に侵入させたところ、折から対向車線(下り坂)を北から南に向け進行中の塚本車と〈×〉点付近で正面衝突したこと、当時松坂車の進行方向から見て道路右側は谷川であり、道路より低くなつており、進路前方の見通し状況は良好であつたこと、右衝突直前、塚本車は松坂車との衝突を避けるため急制動し、転倒直前の状態で自車線を滑走して松坂車と衝突していること、右衝突後塚本車を運転していた亡由浩は路上に転倒して松坂車に轢過され、骨盤骨折の受傷により約一時間半後に死亡(失血死)したこと、以上の事実が認められる。

二  被告松坂及び亡由浩の過失の有無

1  被告松坂について

前記のとおり、本件事故現場の道路は松坂車の進行方向から見て右にカーブしており、道路の右側は谷川で道路より低くなつているため、進路前方の見通し状況は良好であつたところ、甲二の6、17ないし19、22、26・27、甲三、検証の結果及び弁論の全趣旨によると、被告松坂は、小松車の側方を通過する際(自車線の道幅約四メートル、小松車の車幅二・二三メートル、松坂車の車幅二・四九メートルであり、松坂車は必然的に対向車線上に侵入することとなる。)、一旦自車を対向車線に侵入させれば直ちに自車線上に戻ることが困難であつたにもかかわらず、対向車線の動向を注視することなく漫然と対向車線に侵入し、しかも、〈3〉点付近で〈ア〉点付近を対向進行中の塚本車を現認したにかかわらず、何らの急制動措置を採ることなく塚本車の方で自車を避けてくれるものと安易に考えて、そのままの速度で対向車線を進行した結果、〈5〉点付近で、折から松坂車との衝突を回避しようとして急制動措置を採つた(そのため滑走状態となつたと推認される。)塚本車を前方約一一メートルの地点に初めて認め、慌てて急制動の措置を採つたが間に合わず、塚本車と正面衝突したこと、以上の事実が認められる。

被告松坂としては、本来ならば、進路前方の見通し状況は良好であり、しかも、一旦小松車の側方通過を開始すれば直ちに自車線上に戻ることができない状況にあつたのであるから、小松車の側方を通過するに当たり、まず対向車線の動向を注視し、対向車のないことを確認したうえで小松車の側方の通過を開始すべき業務上の注意義務があつたというべきところ、同被告は、これを怠り、しかも塚本車を現認した後においても直ちに急制動等の措置を採らなかつた点において、本件事故に関し、前方注視義務違反及び結果回避義務違反の重大な過失を免れないというべきである。

2  亡由浩について

甲二の14、23、甲三五~三七及び原告由純によると、亡由浩は本件事故時までに七~八回のツーリング経験があり、本件は、大学の友人らと四台のバイクに分乗して池田市から能勢の妙見山まで往復のツーリングをした復路における事故であつたこと、事故直前の同人らの状況は、前田尚紀、速水徹の運転する二台のオートバイが亡由浩の運転する塚本車の前方約五〇~六〇メートルを先行し、次いで塚本車が走行し、最後に中熊恭一の運転するオートバイが塚本車の後方約二〇~三〇メートルを追尾していたところ、同人らの当時の走行速度は、中熊の供述によれば、概ね時速五〇~六〇キロ程度であつたこと(被告らは、甲二の9の実況見分調書の記載を根拠にして、塚本車が本件事故直前時速百キロメートル前後で走行していた旨主張するが、右実況見分調書は亡由浩の立ち合いなしに作成されたものであつて、塚本車の衝突前の位置関係について必ずしも正確性を期し難いうえ、同車に後続する中熊の供述に照らすと、右被告ら主張の速度は容易にこれを推認し難く、他に右速度を認めるに足る証拠はない。)、塚本車の進行方向から見れば、本件事故現場の道路は左のカーブの下り坂であり、しもか道路とその左側を流れる谷川との間にはガードレールが存在し、本件衝突現場付近のセンターラインの見通しは十分でなかつたこと、以上の事実が認められる。

以上によると、亡由浩が本件事故現場の左カーブをキープレフトの原則を遵守することなく自車を走行車線のやや中央線寄りに膨らみながら進行させたこと自体に運転操作上の過失があつたとは認めることができず、また、同人が自車線を対面走行してくる松坂車を発見した後、直ちに自車を松坂車とガードレールの間(検証の結果によると、その間隙は約一・五メートル程度であつたと認められる。)に通過させるハンドル操作が運転技術上可能であつたことは俄かに断定し難いところである。問題は、塚本車の本件事故現場に至る見通し状況であるが、甲二の9及び検証の結果によると、前記のとおり、本件事故現場は一〇〇分の四の下り勾配となつていて、〈×〉点の手前約六〇メートル以上がほぼ直線であるため、概ね進路前方の見通しは良好ということができるものの、〈あ〉→〈ア〉→〈イ〉と進行する間に、亡由浩が本件事故現場付近のセンターラインを確認することは容易でなかつたのであり、進路前方における小松車の駐車及び松坂車の進行それ自体は視認することが可能であつたとしても、松坂車が小松車を追い越すために対向車線(自車線)に全面的に侵入してくると予見することは必ずしも同人にとつて不可能ではないとはいえ、本件事故現場の状況において、通常の運転者としてこれを予見することは容易でなかつた(すなわち、小松車の駐車位置は亡由浩の進行方向からみると本件カーブの湾曲部に当たり、通常、路側帯の膨らみが存在するところであるから、小松車の側方とセンターラインとの間に車両が通過し得る余地があると判断しても不自然ではない状況下にあり、かつ、松坂車は車格が大きく、運転席からの視界も効いていたから、亡由浩にとつて、松坂車がよもや自車の進路を塞ぐ形で走行してくるとは予見もできないのが通常と思われる。)と認められ、亡由浩に前方注視義務違反があつたとは未だ認められない。

なお、被告らは、亡由浩が日頃市街地ばかり走行しており山道の走行に慣れていなかつたこと及び塚本車は本件事故前日に納車されたものであり同人は単車そのものに慣れていなかつた旨主張するが、前記認定の事実に照らすと、かかる事情があるからといつて、そのことが直ちに本件事故の一因になつたと即断することはできない。

三  被告小松の過失ないし小松車の駐車と本件事故との相当因果関係

1  甲二の9、15及び検証の結果によると、被告小松は、本件事故当日、荷物積み込みのため、小松車を運転して本件事故現場に近接する日綜産業に赴き、先着トラツクの作業を待つため、別紙図面のとおり、〈A〉地点に自車を駐車させた(日綜産業の敷地内に別のトラツクが入つて作業中のため、被告小松はやむなく前記場所の自車を駐車させた。)ところ、その約一時間四五分後に本件事故が発生したこと、被告小松は自車を駐車させた後、日綜産業の敷地内の他車の積み込み作業を見ており、小松車はその間無人のまま〈A〉地点に駐車されてたこと、被告小松は本件事故日までに三、四〇回位日綜産業に出入りしており、同被告が〈A〉地点に自車を駐車させたのは、日綜産業の出入口前付近に駐車させると曲り際の直後であり危険と考えたからであること、本件事故現場は追越しのためのはみ出し禁止の規制はあるが、駐車禁止の規制はなかつたこと、〈2〉点の松坂車の運転席から北方向の見通し状況は良好であり、〈A〉地点に小松車が駐車していても、対向車線の動向の確認の妨げとはならないこと、以上の事実が認められる。

2  右事実によれば、小松車の駐車位置は駐車禁止の規制のない場所であり、かつ、被告小松は自車の駐車位置について一応後続車の通行の安全を考慮した節がうかがえるのであり、さらに、その駐車位置(〈A〉点)は後続車両からすれば右カーブの地点であり対向車線の見通しは良好であつたことからすると、必ずしもそれが不適切な措置であつたとは断し難く、被告小松に本件事故の発生について過失があつたとは認められない。本件事故は、前記のとおり、被告松坂が小松車を追い抜くに当たり、対向車両の動向を十分確認してさえおれば、容易に回避可能であつたと推認され、駐車中の小松車が被告松坂の過失を誘発助長し、ひいて本件事故の発生を誘発助長したとは俄かに認められず、小松車の駐車と本件事故の発生との間に相当因果関係があるとは認め難い。

四  原告らの損害

1  由浩の損害

(一) 逸失利益 五一四九万六六一六円

(1) 甲五の1及び原告由純によると、亡由浩は、本件事故当時大阪大学基礎工学部電気工学科二回生(満二一歳)であり、本件事故に遭わなければ、平成三年四月一日から満六七歳に達するまでの間、少なくとも平成三年度賃金センサス第一巻第一表・産業計・企業規模計・男子労働者旧大・新大卒の全年齢平均年収額(年額六四二万八八〇〇円)を得ることができたと推認されるので、その額を基礎として、生活費控除率を五割、中間利息の控除をライプニツツ方式により、稼動可能な四四年間の逸失利益の本件事故時の現価を求めると、次式のとおり、五一四九万六六一六円となる(一円未満切捨て)。

6,428,800×(1-0.5)×(17.8800-1.8594)=51,496,616

(2) 家庭教師代 七九万五四三九円

亡由浩が昭和六三年一一月一日から平成三年二月二八日までに稼動して得たはずの家庭教師代八七万七〇〇〇円(甲六の1・2)の本件事故時の現価である。

877,000×0.9070=795,439

(3) 原告らは、亡由浩の逸失利益として、大阪大学基礎工学部電気工学科の卒業生の平均年収及び退職金等を主張する(甲三一、三二の1~5、三四)が、これらはいずれも統計数値として必ずしも十分なものとはいえす、採用できない。

(二) 慰謝料 一八〇〇万円

以上の諸事情を考慮すると、亡由浩の死亡慰謝料として右金額が相当である。

(三) 物損 七三万六四三〇円

亡由浩の物損として、以下のものが認められる。

(1) 単車代(甲七の1~4) 六〇万三八三〇円

(2) 手数料(原告由純) 一〇〇〇円

(3) 事故車引上げ料(甲七の5) 三万円

(4) コンタクトレンズ代(甲八) 四万七六二〇円

(5) 衣服(甲九) 三万四二〇〇円

(6) その他(靴・下着・ベルト・ガソリン代、甲一〇) 一万九七八〇円

(四) 合計 七一〇二万八四八五円

2  原告ら固有の損害

(一) 原告由純の要した葬儀関係の費用として、次のものが認められる。

(1) 葬儀費用 一一〇万円

(甲一一の1~14のうち、相当と認める額)

(2) 遺体輸送費(甲一二の1・2) 三七万八一〇〇円

(3) 遺体検案費(甲一三) 一万二〇〇〇円

(4) 合計 一四九万〇一〇〇円

(二) その他 一二〇万円

原告由純が本件損害賠償請求をするについて余儀なくされた出費のうち、必要かつ相当なものとして、次のものが認められる。

(1) 通信費用 三〇万円

(甲一九の1~21のうち、相当と認める額)

(2) 交通費等 七〇万円

(甲二一の1~23、二二、二三、二八のうち、相当と認める額)

(3) 引揚費用 二〇万円

亡由浩の荷物を大阪から引揚げるのに要した費用である(甲二〇)。

(三) 原告らは、以上のほか、固有の慰謝料、一〇日祭費用(一四万六七二七円。甲一四の1~6、原告由純)、五〇日祭費用(一二万九六七〇円。甲一五の1~4)、百日祭費用(三万四七九〇円。甲一六の1・2)、初盆費用(二七万七二〇三円。甲一七の1~11)、一年祭費用(一四万一五五七円。甲一八の1~4)及び原告ヒロミの会社退職による逸失利益(甲二四の1・2)等を主張するが、いずれも被告松坂、同金一顕及び同金昇らに負担させるのを相当とする、本件事故と因果関係のある損害とは認めることができず、採用できない。

四  過失相殺

前記二に検討したところによれば、本件において、亡由浩の過失を前提にした過失相殺をするのは適当でない。

五  損害の填補

原告らが被告松坂、被告金一顕及び被告金昇から自賠責保険金として合計二五〇二万七〇四〇円(ただし、治療費三六万六四〇五円を除く。)を受領したことは当事者間に争いがないから、亡由浩の前記損害額からこれを控除すると、その残額は四六〇〇万一四四五円(七一〇二万八四八五円-二五〇二万七〇四〇円)となる。

六  原告らの損害(円未満切捨て)

(一)  原告由純 二五六九万〇八二二円

46,001,445÷2+2,690,100=25,690,822

(二)  原告ヒロミ 二三〇〇万〇七二二円

46,001,445÷2=23,000,722

七  弁護士費用

本件事案の難易、審理の経過、認容額等にかんがみると、被告らに負担させるべき本件事故と因果関係のある原告らの弁護士費用額は、原告由純につき二五〇万円、原告ヒロミにつき二三〇万円をもつて相当と認める。

(裁判官 榎下義康)

別紙 〈省略〉

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